一夜同宿会談したことがある

此宿はよい、何となくよい(満員なので、私は自分から進んで店に陣取つた、明るくて、かへつて静かでよろしい)、同宿は十余人、その中の六人組は曲搗の粟餅屋さんである、そしてその老親方は、五六年前、山陰で一夜同宿会談したことがある、江戸ツ児で面白い肌合だ(私が彼を覚えてゐたやうに、彼もまた私を覚えてゐた)。今日もよい日だつた、ほんたうにほどよい日だつた、ほどよく酔ひ、ほどよく眠つた。よい食慾とよい睡眠、これから人生の幸福が生れる。[#1字下げ]四月十六日[#「四月十六日」に二重傍線][#「四月十六日」は同行中見出し] 薄曇、市街行乞、宿は同前。福岡は九州の都である、あらゆる点に於て、――都会的なもの[#「都会的なもの」に傍点]を感じるのは、九州では福岡だけだ。今日の行乞相はよかつた、水の流れるやうだつた(まだ雲のゆくやうではないけれど)、しかし福岡は――市部はどこでも――行乞のむつかしいところ、ずゐぶんよく歩いたが、所得は、やつと食べて泊つて、ちよつぴり飲めるだけ。一銭、一銭、そして一銭、それがたゞアルコールとなるばかりでもなかつた、今日は本を買つた(達磨大師についての落草談)、読んで誰かにあげやう、緑平老にでも。春を感じる、さくらはあまり感じない、それが山頭火式だ。夜は中洲の川丈座へゆく、万歳オンパレードである、何といふバカらしさ、何といふホガらし[#「し」に「マヽ」の注記]さ。[#ここから2字下げ]・昼月に紙鳶をたたかはせてゐる・水たまりがほがらかに子供の影うつす・あたゝかに坊やは箱の中に寝てゐる[#ここで字下げ終わり]

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