入神中《にゅうしんちゅう》のT女《じょ》

本篇《ほんぺん》を集成《しゅうせい》したるものは私《わたくし》でありますが、私自身《わたくしじしん》をその著者《ちょしゃ》というのは当《あた》らない。私《わたくし》はただ入神中《にゅうしんちゅう》のT女《じょ》の口《くち》から発《はっ》せらるる言葉《ことば》を側《はた》で筆録《ひつろく》し、そして後《あと》で整理《せいり》したというに過《す》ぎません。 それなら本篇《ほんぺん》は寧《むし》ろT女《じょ》の創作《そうさく》かというに、これも亦《また》事実《じじつ》に当《あ》てはまっていない。入神中《にゅうしんちゅう》のT女《じょ》の意識《いしき》は奥《おく》の方《ほう》に微《かす》かに残《のこ》ってはいるが、それは全然《ぜんぜん》受身《うけみ》の状態《じょうたい》に置《お》かれ、そして彼女《かのじょ》とは全然《ぜんぜん》別個《べっこ》の存在《そんざい》――小櫻姫《こざくらひめ》と名告《なの》る他《た》の人格《じんかく》が彼女《かのじょ》の体躯《たいく》を司配《しはい》して、任意《にんい》に口《くち》を動《うご》かし、又《また》任意《にんい》に物《もの》を視《み》せるのであります。従《したが》ってこの物語《ものがたり》の第《だい》一の責任者《せきにんしゃ》はむしろ右《みぎ》の小櫻姫《こざくらひめ》かも知《し》れないのであります。 つまるところ、本書《ほんしょ》は小櫻姫《こざくらひめ》が通信者《つうしんしゃ》、T女《じょ》が受信者《じゅしんしゃ》、そして私《わたくし》が筆録者《ひつろくしゃ》、総計《そうけい》三|人《にん》がかりで出来《でき》上《あが》った、一|種《しゅ》特異《とくい》の作品《さくひん》、所謂《いわゆる》霊界《れいかい》通信《つうしん》なのであります。現在《げんざい》欧米《おうべい》の出版界《しゅっぱんかい》には、斯《こ》う言《い》った作品《さくひん》が無数《むすう》に現《あら》われて居《お》りますが、本邦《ほんぽう》では、翻訳書《ほんやくしょ》以外《いがい》にはあまり類例《るいれい》がありません。 

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