生甲斐《いきがい》のない日子《ひにち》

両親《りょうしん》の好意《こうい》に背《そむ》き、同時《どうじ》に又《また》天《てん》をも人《ひと》をも怨《うら》みつづけて、生甲斐《いきがい》のない日子《ひにち》を算《かぞ》えていましたが、それもそう長《なが》いことではなく、いよいよ私《わたくし》にとりて地上《ちじょう》生活《せいかつ》の最後《さいご》の日《ひ》が到着《とうちゃく》いたしました。 現世《げんせ》の人達《ひとたち》から観《み》れば、死《し》というものは何《なに》やら薄気味《うすきみ》のわるい、何《なに》やら縁起《えんぎ》でもないものに思《おも》われるでございましょうが、私《わたくし》どもから観《み》れば、それは一|疋《ぴき》の蛾《が》が繭《まゆ》を破《やぶ》って脱《ぬ》け出《で》るのにも類《るい》した、格別《かくべつ》不思議《ふしぎ》とも無気味《ぶきみ》とも思《おも》われない、自然《しぜん》の現象《すがた》に過《す》ぎませぬ。従《したが》って私《わたくし》としては割合《わりあい》に平気《へいき》な気持《きもち》で自分《じぶん》の臨終《りんじゅう》の模様《もよう》をお話《はな》しすることができるのでございます。 四百|年《ねん》も以前《いぜん》のことで、大変《たいへん》記憶《きおく》は薄《うす》らぎましたが、 ざっと私《わたくし》のその時《とき》の実感《じっかん》を述《の》べますると――何《なに》よりも先《ま》ず目立《めだ》って感《かん》じられるのは、気《き》がだんだん遠《とお》くなって行《ゆ》くことで、それは丁度《ちょうど》、あのうたた寝《ね》の気持《きもち》――正気《せいき》のあるような、又《また》無《な》いような、何《な》んとも言《い》えぬうつらうつらした気分《きぶん》なのでございます。傍《そば》からのぞけば、顔《かお》が痙攣《ひきつれ》たり、冷《つめ》たい脂汗《あぶらあせ》が滲《にじ》み出《で》たり、死《し》ぬる人《ひと》の姿《すがた》は決《けっ》して見《み》よいものではございませぬが、実際《じっさい》自分《じぶん》が死《し》んで見《み》ると、それは思《おも》いの外《ほか》に楽《らく》な仕事《しごと》でございます。

— posted by id at 05:17 pm  

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