夕暮《ゆうぐれ》の色《いろ》

四辺《あたり》は夕暮《ゆうぐれ》の色《いろ》につつまれた、いかにも森閑《しんかん》とした、丁度《ちょうど》山寺《やまでら》にでも臥《ね》て居《い》るような感《かん》じでございます。 そうする中《うち》に私《わたくし》の意識《いしき》は少《すこ》しづつ回復《かいふく》してまいりました。『自分《じぶん》はとうとう死《し》んで了《しま》ったのか……。』死《し》の自覚《じかく》が頭脳《あたま》の内部《なか》ではっきりすると同時《どうじ》に、私《わたくし》は次第《しだい》に激《はげ》しい昂奮《こうふん》の暴風雨《あらし》の中《なか》にまき込《こ》まれて行《ゆ》きました。私《わたくし》が先《ま》ず何《なに》よりつらく感《かん》じたのは、後《あと》に残《のこ》した、老《お》いたる両親《りょうしん》のことでした。散々《さんざん》苦労《くろう》ばかりかけて、何《な》んの報《むく》ゆるところもなく、若《わか》い身上《みそら》で、先立《さきだ》ってこちらへ引越《ひきこ》して了《しま》った親不孝《おやふこう》の罪《つみ》、こればかりは全《まった》く身《み》を切《き》られるような思《おも》いがするのでした。『済《す》みませぬ済《す》みませぬ、どうぞどうぞお許《ゆる》しくださいませ……』何回《なんかい》私《わたくし》はそれを繰《く》り返《かえ》して血《ち》の涙《なみだ》に咽《むせ》んだことでしょう! そうする中《うち》にも私《わたくし》の心《こころ》は更《さら》に他《ほか》のさまざまの暗《くら》い考《かんが》えに掻《か》き乱《みだ》されました。『親《おや》にさえ背《そむ》いて折角《せっかく》三浦《みうら》の土地《とち》に踏《ふ》みとどまりながら、自分《じぶん》は遂《つい》に何《なん》の仕出《しで》かしたこともなかった! 何《な》んという腑甲斐《ふがい》なさ……何《な》んという不運《ふうん》の身《み》の上《うえ》……口惜《くや》しい……悲《かな》[#ルビの「かな」は底本では「かは」]しい……情《なさ》けない……。』何《なに》が何《なに》やら、頭脳《あたま》の中《なか》はただごちゃごちゃするのみでした。 

— posted by id at 05:20 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.3047 sec.

http://1yen.tv/