世《よ》の中《なか》

『そなたも若《わか》いのに歿《なく》なって、世《よ》の中《なか》はすべて老少不定《ろうしょうふじょう》、寿命《じゅみょう》ばかりは何《な》んとも致方《いたしかた》がない。これから先《さ》きはこの祖父《じじ》も神《かみ》さまのお手伝《てつだい》として、そなたの手引《てび》きをして、是非《ぜひ》ともそなたを立派《りっぱ》なものに仕上《しあ》げて見《み》せるから、こちらへ来《き》たとて決《けっ》して決《けっ》して心細《こころぼそ》いことも、又《また》心配《しんぱい》なこともない。請合《うけあ》って、他《ほか》の人達《ひとたち》よりも幸福《しあわせ》なものにしてあげる……。』 祖父《じじ》の言葉《ことば》には格別《かくべつ》これと取《と》り立《た》てていうほどのこともないのですが、場合《ばあい》が場合《ばあい》なので、それは丁度《ちょうど》しとしとと降《お》る春雨《はるさめ》の乾《かわ》いた地面《じべた》に浸《し》みるように、私《わたくし》の荒《すさ》んだ胸《むね》に融《と》け込《こ》んで行《ゆ》きました。お蔭《かげ》で私《わたくし》はそれから幾分《いくぶん》心《こころ》の落付《おちつ》きを取《と》り戻《もど》し、神《かみ》さまの仰《おお》せにもだんだん従《したが》うようになりました。人《ひと》を見《み》て法《ほう》を説《と》けとやら、こんな場合《ばあい》には矢張《やは》り段違《だんちが》いの神様《かみさま》よりも、お馴染《なじみ》みの祖父《じじ》の方《ほう》が、却《かえ》って都合《つごう》のよいこともあるものと見《み》えます。私《わたくし》の祖父《じじ》の年齢《とし》でございますか――たしか祖父《じじ》は七十|余《あま》りで歿《なくな》りました。白哲《いろじろ》で細面《ほそおもて》の、小柄《こがら》の老人《ろうじん》で、歯《は》は一|本《ぽん》なしに抜《ぬ》けて居《い》ました。生前《せいぜん》は薄《うす》い頭髪《かみ》を茶筌《ちゃせん》に結《ゆ》っていましたが、幽界《こちら》で私《わたくし》の許《もと》に訪《おとず》れた時《とき》は、意外《いがい》にもすっかり頭顱《あたま》を丸《まる》めて居《お》りました。私《わたくし》と異《ちが》って祖父《じじ》は熱心《ねっしん》な仏教《ぶっきょう》の信仰者《しんこうしゃ》だった為《た》めでございましょう……。

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