岩屋《いわや》の所在地《しょざいち》

岩屋《いわや》の所在地《しょざいち》は、相当《そうとう》に高《たか》い、岩山《いはやま》の麓《ふもと》で、山《やま》の裾《すそ》をくり抜《ぬ》いて造《つく》ったものでございました。入口《いりぐち》に立《た》って四辺《あたり》を見《み》ると、見渡《みわた》す限《かぎ》り山《やま》ばかりで、海《うみ》も川《かわ》も一《ひと》つも見《み》えません。現界《げんかい》の景色《けしき》と比《くら》べて別《べつ》に格段《かくだん》の相違《そうい》もありませぬが、ただこちらの景色《けしき》の方《ほう》がどことなく浄《きよ》らかで、そして奥深《おくふか》い感《かん》じが致《いた》しました。 岩屋《いわや》の入口《いりぐち》には、神様《かみさま》の言《い》われましたとおり、果《はた》たして新《あた》しい注連縄《しめなわ》が一筋《ひとすじ》張《は》ってありました。[#9字下げ]九、神鏡[#「九、神鏡」は中見出し]一《ひ》と通《とお》り見物《けんぶつ》が済《す》むと、私達《わたくしたち》は再《ふたた》び岩屋《いわや》の内部《なか》へ戻《もど》って来《き》ました。すると神様《かみさま》は私《わたくし》に向《むか》い、早速《さっそく》修行《しゅぎょう》のことにつきて、噛《か》んでくくめるようにいろいろと説《と》きさとしてくださるのでした。『これからのそなたの生活《せいかつ》は、現世《げんせ》のそれとはすっかり趣《おもむき》が変《かわ》るから一|時《じ》も早《はや》くそのつもりになってもらわねばならぬ。現世《げんせ》の生活《せいかつ》にありては、主《おも》なるものが衣食住《いしょくじゅう》の苦労《くろう》、大概《たいがい》の人間《にんげん》はただそれっきりの事《こと》にあくせくして一|生《しょう》を過《すご》して了《しま》うのであるが、こちらでは衣食住《いしょくじゅう》の心配《しんぱい》は全然《ぜんぜん》ない。

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