父母《ふぼ》の悲嘆《なげき》

現世《げんせ》に残《のこ》っている父母《ふぼ》の悲嘆《なげき》が、ひしひしと幽界《ゆうかい》まで通《つう》じて来《く》ることでございました。両親《りょうしん》は怠《おこた》らず、私《わたくし》の墓《はか》へ詣《もう》でて花《はな》や水《みず》を手向《たむ》け、又《また》十|日《か》祭《さい》とか、五十|日《にち》祭《さい》とか申《もう》す日《ひ》には、その都度《つど》神職《しんしょく》を招《まね》いて鄭重《ていちょう》なお祭祀《まつり》をしてくださるのでした。修行未熟《しゅぎょうみじゅく》の、その時分《じぶん》の私《わたくし》には、現界《げんかい》の光景《こうけい》こそ見《み》えませんでしたが、しかし両親《りょうしん》の心《こころ》に思《おも》っていられることは、はっきりとこちらに感《かん》じて参《まい》るばかりか、『姫《ひめ》や姫《ひめ》や!』と呼《よ》びながら、絶《た》え入《い》るばかりに泣《な》き悲《かな》しむ母《はは》の音声《おんじょう》までも響《ひび》いて来《く》るのでございます。あの時分《じぶん》のことは今《いま》想《おも》い出《だ》しても自《おの》ずと涙《なみだ》がこぼれます……。 斯《こ》う言《い》った親子《おやこ》の情愛《じょうあい》などと申《もう》すものは、いつまで経《た》ってもなかなか消《き》えて無《な》くなるものではないようで、私《わたくし》は現在《げんざい》でも矢張《やは》り父《ちち》は父《ちち》としてなつかしく、母《はは》は母《はは》として慕《した》わしく感《かん》じます。が、不思議《ふしぎ》なもので、だんだん修行《しゅぎょう》が積《つ》むにつれて、ドーやら情念《こころ》の発作《ほっさ》を打消《うちけ》して行《ゆ》くのが上手《じょうず》になるようでございます。それがつまり向上《こうじょう》なのでございましょうかしら……。[#9字下げ]十一、守刀[#「十一、守刀」は中見出し]

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