両眼《りょうがん》に涙《なみだ》

肌身《はだみ》離《はな》さず大切《たいせつ》に所持《しょじ》してもらいます……。』 両眼《りょうがん》に涙《なみだ》を一ぱい溜《た》めて、赤心《まごころ》こめて渡《わた》された紀念《きねん》の懐剣《かいけん》――それは刀身《なかみ》といい、又《また》装具《つくり》といい、まことに申分《もうしぶん》のない、立派《りっぱ》なものでございましたが、しかし私《わたくし》に取《と》りましては、懐剣《かいけん》そのものよりも、それがなつかしい母《はは》の形見《かたみ》であることが、他《ほか》の何物《なにもの》にもかえられぬほど大切《たいせつ》なのでございました。私《わたくし》は一|生涯《しょうがい》その懐剣《かいけん》を自分《じぶん》の魂《たましい》と思《おも》って肌身《はだみ》に附《つ》けて居《い》たのでした。 いよいよ私《わたくし》の病勢《びょうせい》が重《おも》って、もうとても難《むずか》しいと思《おも》われました時《とき》に、私《わたくし》は枕辺《まくらべ》に坐《すわ》って居《お》られる母《はは》に向《む》かって頼《たの》みました。『私《わたくし》の懐剣《かいけん》は何卒《どうぞ》このまま私《わたくし》と一|緒《しょ》に棺《かん》の中《なか》に納《おさ》めて戴《いただ》きとうございますが……。』すると母《はは》は即座《そくざ》に私《わたくし》の願《ねがい》を容《い》れて、『その通《とお》りにしてあげますから安心《あんしん》するように……。』と、私《わたくし》の耳元《みみもと》に口《くち》を寄《よ》せて力強《ちからづよ》く囁《ささや》いてくださいました。 私《わたくし》がこちらの世界《せかい》に眼《め》を覚《さ》ました時《とき》に、私《わたくし》は不図《ふと》右《みぎ》の事柄《ことがら》を想《おも》い出《だ》しました。『母《はは》はあんなに固《かた》く請合《うけあ》ってくだされたが、果《はた》して懐剣《かいけん》が遺骸《いがい》と一|緒《しょ》に墓《はか》に収《おさ》めてあるかしら……。』

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