第一線で詞戦《ことばだたかひ》をする

「なに。奴等だと。黙りやあがれ。お上品振りやあがつて。うぬ等は這入らなくても好いのだ。」 こんな風に第一線で詞戦《ことばだたかひ》をする。双方が時時突貫を試みようとする。女はきい/\云ふ。男は罵る。子供は泣く。そのうち弱いものが二三人押し倒される。気を喪《うしな》ふ。それを踏み付ける。罵詈《あざ》ける。歎願する。あらあらしく、むちやくちやに押し合ふ。いつまで遣つても同じ事である。息の抜けやうがない。「これはこれは。お客様方。」かう云つて出て来たのは、赤い燕尾服を被て、手に鞭を持つた頭のカスペリイニイである。仲裁は功を奏せない。血が流れる。失敗だ。初日の大当を、お客様が破壊《こは》してしまふのである。なんたる惨状だらう。「皆さん皆さん。わたしの言ふことを聞いて下さい。わたしはどうにでも致します。お出《で》になる方がお出《で》になつて、お這入になる方がお這入になれば好いのです。御熱心な所は幾重《いくへ》にもお礼を申します。つひ落ち着いて考へて見て下されば好いのです。皆さん教育のありなさる方々でせう。第一あなたが。」一番前にゐる一人と、とうとう取つ組み合ふことになつた。 高等騎術を見せることになつてゐる女房ユリアが出て来た。「マツテオさん。鞭でぶつてお遣りよ。相手になられるならなつて見るが好い。乳つ臭い人達だわ。」「押すのをよさないと、白熊を放すぞ。」 口笛を吹く。鬨を上げる。やじ馬が勢を得て来た。どうもしやうがない。もう曲馬組の人達が群集の中で揉まれてゐる。「親方。防火栓をお抜かせなさい。」突然かう叫んだのは、音楽のわかる道化方トロツテルである。場内では人を涙の出るほど笑はせるのだが、今出て来たのを見れば、あはれな、かたはの小男である。拳骨を振つて囲を衝いて、頭《かしら》の傍へ来た。「ねえ、親方。防火栓をお抜かせなさい。あれが好い。冷やして好い。きつと利きます。」 途方にくれてゐたカスペリイニイが此天才の助言を成程と思つた。警察も理性も功を奏せないとなれば、もう暴力より外あるまい。世間を馬鹿にし切つた道化方でなくては、こんな智慧は出ない。カスペリイニイは同意の手真似をして頷いた。

— posted by id at 07:16 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1775 sec.

http://1yen.tv/